삼국사기/권50/견훤

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원문[편집]

甄萱, 尙州加恩縣人也, 本姓李, 後以甄爲氏, 父阿慈介, 以農自活, 後起家爲將軍, 初, 萱生孺褓時, 父耕于野, 母餉之, 以兒置于林下, 虎來乳之, 鄕黨聞者異焉, 及壯, 體貌雄奇, 志氣倜儻不凡, 從軍入王京, 赴西南海防戍, 枕戈待敵, 其勇氣恒爲士卒先, 以勞爲裨將, 唐昭宗景福元年, 是新羅眞聖王在位六年, 嬖竪在側, 竊弄政柄, 綱紀紊弛, 加之以饑饉, 百姓流移, 羣盜蜂起, 於是, 萱竊有覦心, 嘯聚徒侶, 行擊京西南州縣, 所至響應, 旬月之間, 衆至五千人, 遂襲武珍州自王, 猶不敢公然稱王, 自署爲新羅西面都統指揮兵馬制置持節都督全武公等州軍事行全州刺史兼御史中丞上柱國漢南郡開國公, 食邑二千戶, 是時, 北原賊梁吉雄强, 弓裔自投爲麾下, 萱聞之, 遙授梁吉職爲裨將, 萱西巡至完山州, 州民迎勞, 萱喜得人心, 謂左右曰, 吾原三國之始, 馬韓先起, 後赫世勃興, 故辰卞從之而興, 於是, 百濟開國金馬山六白餘年, 摠章中, 唐高宗以新羅之請, 遣將軍蘇定方, 以船兵十三萬越海, 新羅金庾信卷土, 歷黃山至泗沘, 與唐兵合攻百濟滅之, 今予敢不立都於完山, 以雪義慈宿憤乎, 遂自稱後百濟王, 設官分職, 是唐光化三年, 新羅孝恭王四年也, 遣使朝吳越, 吳越王報聘, 仍加檢校大保, 餘如故, 天復元年, 萱攻大耶城不下, 開平四年, 萱怒錦城投于弓裔, 以步騎三千圍攻之, 經旬不解, 乾化二年, 萱與弓裔戰于德津浦, 貞明四年戊寅, 鐵圓京衆心忽變, 推戴我太祖卽位, 萱聞之, 秋八月, 遣一吉湌閔郤稱賀, 遂獻孔雀扇及地理山竹箭, 又遣使入吳越進馬, 吳越王報聘, 加授中大夫, 餘如故, 六年, 萱率步騎一萬, 攻陷大耶城, 移軍於進禮城, 新羅王遣阿湌金律求援於太祖, 太祖出師, 萱聞之, 引退, 萱與我太祖陽和而陰剋, 同光二年, 秋七月, 遣子須彌强, 發大耶聞韶二城卒, 攻曹物城, 城人爲, 太祖固守且戰, 須彌强失利而歸, 八月, 遣使獻驄馬於太祖, 三年, 冬十月, 萱率三千騎, 至曹物城, 太祖亦以精兵來, 與之确, 時, 萱兵銳甚, 未決勝否, 太祖欲權和以老其師, 移書乞和, 以堂弟王信爲質, 萱亦以外甥眞虎交質, 十二月, 攻取居昌等二十餘城, 遣使入後唐稱藩, 唐策授檢校大尉兼侍中判百濟軍事, 依前持節都督全武公等州軍事行全州刺史, 海東西面都統指揮兵馬制置等事百濟王, 食邑二千五百戶, 四年眞虎暴卒, 萱聞之, 疑故殺, 卽囚王信獄中, 又使人請還前年所送驄馬, 太祖笑還之, 天成二年, 秋九月, 萱攻取近品城, 燒之, 進襲新羅高鬱府, 逼新羅郊圻, 新羅王求救於太祖, 冬十月, 太祖出師援助, 萱猝入新羅王都, 時, 王與夫人嬪御出遊鮑石亭, 置酒娛樂, 賊至, 狼狽不知所爲, 與夫人歸城南離宮, 諸侍從臣寮及宮女伶官, 皆陷沒於亂兵, 萱縱兵大掠, 使人捉王, 至前戕之, 便入居宮中, 强引夫人亂之, 以王族弟金傅嗣立, 然後虜王弟孝廉宰相英景, 又取國帑珍寶兵仗, 子女百工之巧者, 自隨以歸, 太祖以精騎五千, 要萱於公山下大戰, 太祖將金樂崇謙死之, 諸軍敗北, 太祖僅以身免, 萱乘勝取大木郡, 契丹使裟姑麻咄等三十五人來聘, 萱差將軍崔堅, 伴送麻咄等, 航海北行, 遇風至唐登州, 悉被戮死, 時, 新羅君臣以衰季, 難以復興, 謀引我太祖結好爲援, 甄萱自有盜國心, 恐太祖先之, 是故, 引兵入王都作惡, 故十二月日奇書太祖曰, 昨者國相金雄廉等將召足下入京, 有同鼈應黿聲, 是欲鷃披隼翼, 必使生靈塗炭, 宗社丘墟, 僕, 是用先着祖鞭, 獨揮韓鉞, 誓百寮如皦日, 諭六部以義風, 不意姦臣遁逃, 邦君薨變, 遂奉景明王之表弟, 獻康王之外孫, 勸卽尊位, 再造危邦, 喪君有君, 於是乎在, 足下勿詳忠告, 徒聽流言, 百計窺覦, 多方侵擾, 尙不能見僕馬首, 拔僕牛毛, 冬初, 都頭索湘束手於星山陣下, 月內, 左將金樂曝骸於美理寺前, 殺獲居多, 追擒不少, 强羸若此, 勝敗可知, 所期者, 掛弓於平壤之樓, 飮馬於浿江之水, 然以前月七日, 吳越國使班尙書至, 傳王詔旨, 知卿與高麗久通歡好, 共契鄰盟, 比因質子之兩亡, 遂失和親之舊好, 互侵疆境, 不戢干戈, 今專發使臣, 赴卿本道, 又移文高麗, 宜各相親比, 永孚于休, 僕, 義篤尊王, 情深事大, 及聞詔諭, 卽欲祗承, 恒慮足下, 欲罷不能, 困而猶鬪, 今錄詔書, 寄呈, 請留心詳悉, 且▩獹迭憊, 終必貽譏, 蚌鷸相持, 亦爲所笑, 宜迷復之爲戒, 無後悔之自貽, 三年正月, 太祖答曰, 伏奉吳越國通和使, 班尙書所傳詔書一道, 兼蒙足下辱示長書叙事者, 伏以華소膚使, 爰致制書, 尺素好音, 兼承敎誨, 捧芝檢而雖增感激, 開華牋而難遣嫌疑, 今託廻軒, 輒敷危枉, 僕仰承天假, 俯迫人推, 過叨將帥之權, 獲赴經綸之會, 頃, 以三韓厄會, 九土凶荒, 黔黎多屬於黃巾, 田野無非於赤土, 庶幾弭風塵之警, 有以救邦國之災, 爰自善隣, 於焉結好, 果見數千里農桑樂業, 七八年士卒閑眠, 及至酉年, 維時陽月, 忽焉生事, 至於交兵, 足下始輕敵以直前, 若螳蜋之拒轍, 終知難而勇退, 如蚊子之負山, 拱手陳辭, 指天作誓, 今日之後, 永世歡和, 苟或渝盟, 神其殛矣, 僕亦尙止戈之武, 期不殺之仁, 遂解重圍, 以休疲卒, 不辭質子, 但欲安民, 此則我有大德於南人也, 豈謂歃血未乾, 兇威復作, 蜂蠆之毒, 侵害於生民, 狼虎之狂, 爲梗於畿甸, 金城窘忽, 黃屋震驚, 仗義尊周, 誰似桓文之覇, 乘間課漢, 唯看莽卓之姦, 致使王之至尊, 枉稱子於足下, 尊卑失序, 上下同憂, 以爲非有元輔之忠純, 豈得再安於社稷, 以僕心無匿惡, 志切尊王, 將援置於朝廷, 使扶危於邦國, 足下見毫釐之小利, 忘天地之厚恩, 斬戮君王, 焚燒宮闕, 葅醢卿士, 虔劉士民, 姬姜則取以同車, 珍寶則奪之稇載, 元惡浮於桀紂, 不仁甚於獍梟, 僕, 怨極崩天, 誠深却日, 誓效鷹鸇之逐, 以申犬馬之勤, 再擧干戈, 兩更槐柳, 陸擊則雷馳電擊, 水攻則虎搏龍騰, 動必成功, 擧無虛發, 逐尹邠於海岸, 積甲如山, 擒鄒造於城邊, 伏尸蔽野, 燕山郡畔, 斬吉奐於軍前, 馬利城邊, 戮隨晤於纛下, 拔任存之日, 邢積等數百人捐軀, 破淸川之時, 直心等四五輩授首, 桐藪望旗而潰散, 京山銜璧以投降, 康州則自南而來, 羅府則自西移屬, 侵攻若此, 收復寧遙, 必期泜水營中, 雪張耳千般之恨, 烏江岸上, 成漢王一捷之功, 竟息風波, 求淸寰海, 天之所助, 命欲何歸, 况承吳越王殿下, 德洽包荒, 仁深字小, 特出綸於丹禁, 諭戢難於靑丘, 旣奉訓謀, 敢不尊奉, 若足下祗承睿旨, 悉戢凶機, 不惟副上國之仁恩, 抑可紹海東之絶緖, 若不過而能改, 其如悔不可追, 夏五月萱潛師襲康州, 殺三百餘人, 將軍有文生降, 秋八月, 萱命將軍官昕, 領衆築陽山, 太祖命命旨城將軍王忠擊之, 退保大耶城, 冬十一月, 萱選勁卒攻拔缶谷城, 殺守卒一千餘人, 將軍楊志明式等生降, 四年, 秋七月, 萱以甲兵五千人, 攻義城府, 城主將軍洪術戰死, 太祖哭之慟曰, 吾失左右手矣, 萱大擧兵, 次古昌郡甁山之下, 與太祖戰, 不克, 死者八千餘人, 翌日, 萱聚殘兵, 襲破順州城, 將軍元逢不能禦, 棄城夜遁, 萱虜百姓, 移入全州, 太祖以元逢前有功, 宥之, 改順州, 號下枝縣, 長興三年, 甄萱臣龔直, 勇而有智略, 來降太祖, 萱收龔直二子一女, 烙斷股筋, 秋九月, 萱遣一吉湌相貴, 以舡兵入高麗禮成江, 留三日, 取鹽白貞三州船一百艘, 焚之, 捉猪山島牧馬三百匹而歸, 淸泰元年, 春正月, 萱聞太祖屯運州, 遂簡甲士五千至, 將軍黔弼, 及其未陣, 以勁騎數千突擊之, 斬獲三千餘級, 熊津以北三十餘城, 聞風自降, 萱麾下術士宗訓醫者訓謙勇將尙達崔弼等降於太祖, 甄萱多娶妻, 有子十餘人, 第四子金剛, 身長而多智, 萱特愛之, 意欲傳其位, 其兄神劒良劒龍劒等知之憂悶, 時, 良劒爲康州都督, 龍劒爲武州都督, 獨神劒在側, 伊湌能奐, 使人往康武二州, 與良劒等陰謀, 至淸泰二年, 春三月, 與波珍湌新德英順等勸神劒, 幽萱於金山佛宇, 遣人殺金剛, 神劒自稱大王, 大赦境內, 其敎書曰, 如意特蒙龍愛, 惠帝得以爲君, 建成濫處元良, 太宗作而卽位, 天命不易, 神器有歸, 恭惟大王神武超倫, 英謀冠古, 生丁衰季, 自任經綸, 徇地三韓, 復邦百濟, 廓淸塗炭而黎元安集, 鼓舞風雷而邇遐駿奔, 功業幾於重興, 智慮忽其一失, 幼子鍾愛, 姦臣弄權, 導大君於晉惠之昏, 陷慈父於獻公之惑, 擬以大寶授之頑童, 所幸者上帝降衷, 君子改過, 命我元子, 尹玆一邦, 顧非震長之才, 豈有臨君之智, 競競慄慄, 若蹈冰淵, 宜推不次之恩, 以示維新之政, 可大赦境內, 限淸泰二年十月十七日昧爽以前, 已發覺未發覺, 已結正未結正, 大辟已下罪, 咸赦除之, 主者施行, 萱在金山三朔, 六月, 與季男能乂女子衰福嬖妾姑比等逃奔錦城, 遣人, 請見於太祖, 太祖喜, 遣將軍黔弼萬歲等, 由水路勞來之, 及至, 待以厚禮, 以萱十年之長, 尊爲尙父, 授館以南宮, 位在百官之上, 賜楊州爲食邑, 兼賜金帛蕃縟奴婢各四十口內廐馬十匹, 甄萱壻將軍英規密語其妻曰, 大王勤勞四十餘年, 功業垂成, 一旦以家人之禍失地, 投於高麗, 夫貞女不事二夫, 忠臣不思二主, 若捨己君以事逆子, 則何顔以見天下之義士乎, 况聞高麗王公仁厚勤儉, 以得民心, 殆天啓也, 必爲三韓之主, 盍致書以安慰我王, 兼殷勤於王公, 以圖將來之福乎, 其妻曰, 子之言是吾意也, 於是, 天福元年二月, 遣人致意, 遂告太祖曰, 若擧義旗, 請爲內應, 以迎王師, 太祖大喜, 厚賜其使者而遣之, 兼謝英規曰, 若蒙恩一合, 無道路之梗, 則先致謁於將軍, 然後升堂拜夫人, 兄事而姊尊之, 必終有以厚報之, 天地鬼神, 皆聞此言, 夏六月, 萱告曰, 老臣所以投身於殿下者, 願仗殿下威稜以誅逆子耳, 伏望大王借以神兵, 殲其賊亂, 則臣雖死無憾, 太祖從之, 先遣太子武將軍述希, 領步騎一萬, 趣天安府, 秋九月, 太祖率三軍至天安, 合兵進次一善, 神劒以兵逆之, 甲午, 隔一利川相對布陣, 太祖與尙父萱觀兵, 以大相堅權述希金山將軍龍吉奇彦等, 領步騎三萬爲左翼, 大相金鐵洪儒守鄕將軍王順俊良等, 領步騎三萬爲右翼, 大匡順式大相兢俊王謙王乂黔弼將軍貞順宗熙等, 以鐵騎二萬, 步卒三千及黑水鐵利諸道勁騎九千五百爲中軍, 大將軍公萱將軍王含允以兵一萬五千爲先鋒, 鼓行而進, 百濟將軍孝奉德述明吉等, 望兵勢大而整, 棄甲降於陣前, 太祖勞慰之, 問百濟將帥所在, 孝奉等曰, 元帥神劒在中軍, 太祖命將軍公萱直擣中軍, 一軍齊進挾擊, 百濟軍潰北, 神劒與二弟及將軍富達小達能奐等四十餘人生降, 太祖受降, 除能奐, 餘皆慰勞之, 許令與妻孥上京, 問能奐曰, 始與良劒等密謀, 囚大王立其子者, 汝之謀也, 爲臣之義當如是乎, 能奐俛首不能言, 遂命誅之, 以神劒僭位, 爲人所脅, 非其本心, 又且歸命乞罪, 特原其死【一云, 三兄弟皆伏誅】, 甄萱憂懣發疽, 數日卒於黃山佛舍, 太祖軍令嚴明, 士卒不犯秋毫, 故州縣案堵, 老幼皆呼萬歲, 於是, 存問將士, 量材任用, 小民各安其所業, 謂神劒之罪如前所言, 乃賜官位, 其二弟與能奐罪同, 遂流於眞州, 尋殺之, 謂英規, 前王失國後, 其臣子無一人慰藉者, 獨卿夫妻千里嗣音, 以致誠意, 兼歸美於寡人, 其義不可忘, 仍許職左丞, 賜田一千頃, 許借驛馬三十五匹, 以迎家人, 賜其二子以官, 甄萱起唐景福元年, 至晉天福元年, 共四十五年而滅 ○ 論曰, 新羅數窮道喪, 天無所助, 民無所歸, 於是, 群盜投隙而作, 若猬毛然, 其劇者, 弓裔甄萱二人已, 弓裔本新羅王子, 而反以宗國爲讎, 圖夷滅之, 至斬先祖之畫像, 其爲不仁甚矣, 甄萱起自新羅之民, 食新羅之祿, 而包藏禍心, 幸國之危, 侵軼都邑, 虔劉君臣, 若禽獮而草薙之, 實天下之元惡大憝, 故弓裔見棄於其臣, 甄萱産禍於其子, 皆自取之也, 又誰咎也, 雖項羽李密之雄才, 不能敵漢唐之興, 而况裔萱之凶人, 豈可與我太祖相抗歟, 但爲之歐民者也

번역문[편집]

견훤은 상주 가은현 (현재 문경시 가은읍)사람으로 본래 성은 이(李)씨이나 뒤에 견(甄)씨로 바꾸었다. 아버지는 아자개(阿慈介)로 혼자 농사를 짓다가 후에 기가(起家)하여 장군이 되었다. 처음 견훤이 태어났을때,

주석[편집]